チリウヒーター ソーラーシステムで60年の実績
 地球環境から身近なことまで熱い 思いを語る…2012


2012年
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12月 原子力規制委員会
 福島の反省に立って、悪名高くなった安全・保安院に変わって新しくできた規制委員会は、原発ムラの田中俊一を委員長に指名でスタートから「こりゃあダメだ」。案の定、10月に出した全国16原発の放射能拡散予測はその後1週間で3回も訂正。それも数百億の税金で作ったSPEEDI は何故か使わず、地面は何処も海のように平らと見做し、1週間に100mSvととんでもなく強い基準にして半径30kmを少し超える程度で収まるようにしているが、それっぽっちですまないことは分かっているじゃないか。更に11月の拡散予測は電力会社のデータに依存・丸呑みして方向180度間違い。結局、福島は官僚上層世界には何の反省も生まなかったようだ。私は必ずしも「即脱原発」ではないが、しかし今迄どおりのシステムしか出来ないなら「再稼動禁止」「即脱原発」しかない。そのシンボルが原子力規制委員会である。
 大飯原発の北風時を例に取ると、左の図は原子力規制委員会が10月に発表したもの、右は環境総合研究所が地形も考慮に入れて計算したものである。線量の単位については下記出展を参照してください。
http://www.nsr.go.jp/kaiken/data/20121029haihusiryo.pdf , http://eritokyo.jp/independent/aoyama-fnp20121024sim..html)
12月 田中真紀子、大学認可を勝手に取り消し
 大学設置審議会の認可を大臣が「勝手に」取り消したとかで、文部省とメディアが「裁量権の乱用」と大騒ぎ。認可を貰う予定の3大学は既に建物まで完成し、入学者も決まっていた。とんでもない独裁大臣で「何様のつもりだ」と言う雰囲気。田中は前代未聞の悪大臣とされて外相時代のことまで報道されるのだが、しかし、認可も決まっていないのに既に建物が完成しているのはこりゃあ何だ?形骸化した審議会を隠れに官と業が癒着するのは官僚の常芸手段ではないか。これこそが永年日本を悪くしてきた元凶ではないか。本来はその点を批判すべきメディアが、一緒になって官僚組織を庇い彼等に逆らおうとするものを叩きまくるのを私たちは原発事故やその後の菅叩きで見た筈だ。11/8の朝日は叩かれて3枚認可を余儀なくされた田中が「官僚の壁は厚い」と述べたのを「言い逃れ」と報じたが、田中の方が正論だ。
 こうして官僚翼賛をするメディアの影には、記者クラブ制を始めとする官僚の巧みな言論支配構造がある。この国を正して日本を良い国にするには、メディアが大本営発表ではなく影の為政者たる官僚を叩けるように改まることが必須だ。 
12月 山中教授のノーベル賞
 iPS細胞を生み出した山中教授にノーベル賞の報が新聞を賑わした。その少し前、テニスの錦織圭がツアー公式戦楽天ジャパンオープンで優勝した。ツアーで通算2勝は日本人初。朝日新聞の天声人語はこの二人の名を挙げて、日本人の快挙を称えたが、アメリカなくして彼らの今日がないであろうことは書かなかった。錦織はフロリダを拠点に活動している。山中教授もそうだし、ほかのノーベル賞受賞の日本人の殆どがアメリカの優れた研究環境で育まれている。あれほど有名な山中教授でさえ、財政も含めて研究環境をととのえるのにずいぶん苦労をしておられるらしい。なにかおかしい。
 別の話だが、MF・世界銀行年次総会が10月日本で開催され、キム世銀総裁やIMFのラガルド専務理事らが宮城県の津波被災地を訪問した。BBC放送では現地で日本語で説明する市の役人を写していた。だが、今時そんな連中に向かって英語以外で話す役人が世界の何処にいるだろうか。この鎖国した国は何かおかしいのだが、国民は一向に気づかないようだ。
11月 たてこもり
 うちの近くのの町で男が刃物で人質を取って銀行に立て籠もり、13時間もかかってやっと居眠り中の犯人を逮捕、恐らくうんざりしていた人質も解放された。テレビはどのチャンネルも久しぶりのいいネタに大喜びだが、へそ曲がりの私はふと思った。刃物しか持たない少々頭のおかしな犯人を抑えるのに 13時間? いかにも安全ボケしたやる気のない警察官僚らしいが、日本にはテロ対策班みたいなものはないのか。善良な市民を守る為に国民は警察に武装と力の行使を認めている筈であり、包丁男相手にこの程度ではもっと本当に危険な連中が相手だったらどうするのだろうか。先進各国には武装した SWAT みたいなのがあるのだが日本はそんな危険はありえないというのだろうか、それとも、あっても政治家か役人を守るときだけ動くのだろうか。おまえらの仕事は市民を守ることなのだぞ。ちなみに、うちのおかみさんからハンドバッグをひったくった連中はその後も元気に活動しているようだが、被害者のおかみさんは夜遅くまで書類作成のために 「拘留」 されて殆ど犯人扱いだった。
10月 芋名月、栗名月
 2012年の9月30日は旧暦の8月15日で、この夜の月が中秋の名月。旧9月13日(何故か15日ではない)が今年は10月27日でこれが「13夜」。これらを芋名月と栗名月(豆名月ともいう)と呼び、それぞれ里芋とすすき、栗を供えて月を愛でる習慣があった(今も存続されている人もいるだろう)。農耕漁労の民族はこうして自然のいろいろなものに神を感じて敬い、収穫のお礼をし、次の豊作を願いながら暮らしてきた。バリ島では今も毎朝起きると、庭の木の神様、家の神様、門の神様、道路の神様とお盆いっぱいの小さなお供えを置いて回る人たちの安らかな表情を見る。こうした暮らしはもう過ぎ去って戻らないものかと思うと悲しい。
 中秋の名月は中国の「中秋節」から来たもので、9月後半の香港ではレストランやお店で「月餅」が店頭を賑わす。食べ物が安い香港で月餅は驚くほど高いが、食べればもっともな値段だと分かる。日本でも月餅を売っているがあんなものは駄菓子としか言えない。経済一点張りと思える香港で、昔ながらの豊かな食文化が守られているのを見ると、日本が本来持っていた自然を敬う心や豊かな文化はどうなってしまったのだろうかと寂しくなる。
9月 暑さの真犯人を測る
 1m × 1m × 83cm の空気は約 1 kgあり結構重い。真夏に、東海道辺りではこの 1 kgの空気に 18〜21 グラムの水が含まれていて、これを絶対湿度と呼ぶ。赤道直下のシンガポールでは、多くても 18グラム程度だから名古屋ほど暑くはない。日本の天気予報では最高と最低気温一点張りで今日は暑くなるでしょうなどと言っているが、日本の夏の暑さは気温よりむしろ湿度にあるので全く役に立たない。何%とかいう湿度は、朝昼晩と気温が変わるのに合せて変化し定まらないが、上記の何グラムというのは殆ど変化せず、ただ秋っぽい風が吹いたりすると見事に変わる。8月8日、急に涼しくて驚いたが 13.3 グラムまで下がっていた。その後、南の風に戻って、お盆の間は 20 グラムを越える日が続いたが、24日からは 17〜18 グラムで、日差しは暑いが明らかに秋が近い感じがする。
これを測るにはチリウヒーターで斡旋しているドイツ製の温湿度計が欠かせない。計測した温度と湿度をチリウヒーターのサイト http://www.chiryuheater.jp/useful_info/watervol.html に入れるとたちどころにグラム数が出るので、是非お試しください。

8月 自然エネルギー利用買取価格 
 4月に自然エネルギー発電の買取価格が決まったが、太陽光、風力、中小水力などエネルギー源毎に10kWとか20kWとか規模別に細かく決められたのだが、20kW以上の風力による電力は同規模以上の太陽光発電の半分程度の買取価格とされている。地熱や中小水力も同様で太陽光発電と較べると安い。だが、安全保障と脱原発を目指して、ヨーロッパが進めてきたように自然エネルギー利用の拡大を目指すとすれば、手段に優遇差をつけずに、より安価なものがより有利な立場に立てることによってより急速に拡大する。すなわち、競争原理が働き、それによって自然エネルギー利用総量をより急速に拡大できるはずである。日本的に官僚が順位をつけて、可愛い子を優遇するのは、社会をゆがめる行為である。
6月 ガレキ処理
 津波のガレキ処理を全国で引き受けて欲しい、と言うので、早速わが愛知県の知事も受入れを表明した。「きずな」とかで助け合おうはいいのだが、同情心とか情緒的な感情で決めて本当にいいのか?津波と同時に原発事故があったのだから。被災支援を自然エネルギーでやろう、と「つながり・ぬくもりプロジェクト」が民間団体で行われ、チリウヒーターでも住田町仮設住宅群などに太陽熱温水器でお手伝いさせていただいている。この活動の一環で、地元ペレットを使った事業を一緒に進めていたところ、宮城県のペレットの灰からかなりの放射線が検出され計画が中断している。 ↓↓クリックすると大きな画像で見られます。
その後、四国のペレット灰からも放射線が見つかっている。図に見るように宮城県はごく一部を除いて埼玉や房総なみの低汚染地だが、それでもこうなのだ。私は、現地で発電所を作って電気に変えるべきだ、と昔ドイツのフライブルクの町中で見た森の倒木による発電所兼地域暖房ステーションを思い出して思った。
5月 ヨーロッパ太陽熱急拡大の始まりは・・・

グラフは太陽熱利用市場を日本とヨーロッパで比べたものである。日本は、73年、79年の石油危機直後、当時日本では風呂釜が一般的だったため、一種の便利商品だったと言う事情も手伝って、太陽熱利用で世界の優等生だった。だがその後燃料価格が安定し、給湯器が一般化するとともに太陽熱は人気を失い、環境が問題になっても見直されなかった。そして追い討ちを掛けたのが莫大な広告料に後押しされたオール電化・エコキュートである。
↓↓クリックすると大きな画像で見られます。
 
 北ヨーロッパは日本ほど日照に恵まれず、お湯の使用量も少ないので太陽熱利用は余りなかったが、グラフのように二十年余り前から年率20%の勢いでどんどん急上昇を始め、今や市場規模は日本の50倍、技術水準も今や日本はすっかり後進国である。
 注目して欲しいのは、この急拡大が始まったのが1986年のチェルノブイリからであることだ。ヨーロッパはあの事件をきっかけにあらゆる面で自然エネルギー利用を進めてきており、それがドイツなどの福島直後の脱原発宣言に繋がっている。さあ、これまで自然エネルギーにそっぽを向いていた日本はどうする?また原発に戻るのか?
5月 ヘラルドトリビューン紙の見方
  2012年4月、これまで日本の電力の30%を担っていた原発の稼動がゼロになった。3月11日のインターナショナルヘラルドトリビューンは、日本の原発信仰がなくなり、脱原発か再稼動かで揺れていることを書いている。面白いのは記事の中で日本のことを「これまで核エネルギーの世界リーダーだった国」、「原子力に世界で最も献身的な国のひとつ」と書いている。外国と触れ合うことが余り無い普通の日本国民はどう思っているのか知らないが、世界はこんな風に日本を見ているのである。知り合いのドイツ人たちも皆そうで、だから原発事故直後に顔を合わせた人達に、日本もこれで少しは変わるだろう、と言われたものだ。同紙は、「長年原発の恩恵にどっぷり浸かってきてもう後戻りはしたくない。原発は再開して欲しい」と語る地元漁師の声を伝えている。翌日の東京新聞は、日本だけでなくかの原発国家フランスでも6万人の脱原発デモがあったことを伝えていた。
4月 再稼働容認の条件
  津波1年目の3.11周辺には大騒ぎした新聞もテレビも、原発爆発1周年というのが無い。まとめて一事件としているつもりだろうが、原因も今後の処理もこの2つはまったく異質のもので、これを一緒くたにすれば政府も東電も「しめしめ」であろう。原発再稼働に反対が何%とか報道しているが、こんなのは電気が足らなくなるぞとか、値上げするぞとか言えばすぐにつぶれる。日本では、何も知らされず、計画も公表せずずるずるやるとすべて収まるのが情けない。
発電能力からコストからあらゆる情報を公開し、発送電分離、電力自由化、東西周波数統合を含めて脱原発に至る筋道を今後どう進めるのかを期限を切って打ち出して、それでしばらく原発を続けたい(40年とか60年なんてふざけた期限じゃあなくて)と言うのなら、過度的な手段として再稼働はあってもいいと思う。それが大人の議論じゃあないのか?
4月 CNN特派員のいらいら
  3月12日、NHKニュースにCNNの日本特派員が出ていた。彼女はインタビューに「これほどひどい目に遭いながら、こんなにじっと耐えている人達は世界 中探しても絶対居ない!」と叫んでいた。これを賞賛と捕らえるのは大間違いで、苛立ちの言葉である。断熱もしてない仮設住宅をあてがわれ、言葉ばかりの復 興は一向に方向すら見えない。多県に亘って放射性物質を浴びせられ、故郷を末代まで死の町にされ、農も漁も末永く駄目にされ、その上飛んでいってしまった ものは「無主物」だから責任はない、などと平然と言う輩の責任を問うこともなく、検察は東京電力の家宅捜索をするわけでなく、デモも暴動も起さずと、ただ 従う日本人への苛立ちである。メディアの責任は重大で、そのありようは鬼畜米英を倒せと国民を戦争へ導くのを手伝った時と変わらない。津波1年目特別番組 で可愛そう、頑張ろうとやるが、調査し暴露し報道することはしない。かくして政府は粛々と再稼動を目指し、それにお墨付きを出すのが事故当事者で原子力村 の一員、安全保安院とあっては何をかいわんやである。
4月 全日空の787新型機
  全日空が新型機787導入を日本が得意の炭素繊維とか低燃費とかと広告し、外国航空会社がするように乗客の快適さやサービスの良さを言わないのを見て違和 感を持った。同様に、原発事故後の報道で原子炉の構造図や解説がやたらと出て不愉快だった。素人相手に原子炉の構造説明などやって貰っても本質がわかるわ けでなく、サイテーの報道だと思った。メディアが報道するべきは彼の大事故を起こした人間たちやその責任を問うことではなかったか。これらに共通するの は、常に人間が中心にあるべきということだ。東日本地震から1周年、世界のメディアが日本のメディアから発信される報道を求めているそうだが、それは津波 なり原発なりにまつわる人々の人間ドラマだという。実際、BBCが作った津波の番組を見たが、日本のテレビがやりそうな浅薄なお涙ドラマではなく、我が子 を失ったお母さんが遺体を娘や級友を捜すために油圧ショベルの免許まで取って捜索する姿など、静かではあるが力強くは感動的であった。3月11日前後はど の局も津波話ばかりだったが、海外メディアの水準並みのものはあったのだろうか。せめてNHKにはがんばって欲しかったが。
4月 トマトを栽培し、綿で塩を抜く
  復興の名の下に驚異的な額の補助金を投じて、津波被災地を水耕栽培のメッカにしようという計画が進行している。NHK放送でもこれを救世主のように報じ る。だが待てよ。それで塩漬けの土地が再生するのか。それが本当に被災農民を救うのか、彼らがやって欲しいことなのか。昔、干拓農民は塩分が抜けるまで綿 を栽培したという。大阪や岡山が繊維産業で栄えたのは、この干拓脱塩が背景にあったらしい。やはり干拓地などで成功したのがトマトで、小型ながら極めて甘 みが強い普通とはまったく違うトマトができて塩トマトとしてブランド化されている。被災地では綿栽培による脱塩が成果を挙げ、トマトの栽培も試みられてい るとか。予算獲得とばら撒きを成果とする官僚組織にはそんな手法は受けないだろうが、土を放棄してしまっては農業再生もくそもない。それよりも、ジャブ ジャブ垂れ流す金は一体誰の金だと思っているのだ。
3月 「AIJ財務金融委員会招致」
 3/28 朝のニュースで企業年金の運用に失敗して預託された資金の殆どを失ったAIJの社長が国会の委員会で質問を受けている場面が出ていた。海外のいろいろな機 関が2−3年前から日本の諸機関に警告を出していたのに誰も動かなかったというのだから、いかにも日本的出来事である。預託する側も自己責任の意識なく、 あそこが預けたのだからうちも、程度のことだからどうでもいいような話である。それよりも、国会での質問が涙なくしては聞けない。「あなたは騙すつもりは あったのですか、なかったのですか」。これを聞いてうちのおかあちゃんは思わず叫んだ。「なんというバカな質問なのよ!」。こんな程度の連中が国会議員と いうのでは国民が政治に失望と言うのも当然だ。どうしたらいいんだろう。
3月  「司法の崩壊」
 ど んな商売でもたちの悪い、少なくとも非常 識な客はいるもので運悪くそんなのに当るととんでもない因縁を吹っかけられる危険がある。出来上がった家を建て替えろなどと要求すらする。そんな非常識、 理不尽に対しては裁判の場において正義が守られるのがまともな社会だが、私には民事係争において司法が役割を放棄したとしか思えない。建築トラブルが起き ると建築上のあらを探して煽り立てる専門の連中がいる。例えば、床下のコンクリートが土中の水分を吸い上げて床が濡れる、とくる。そんな理屈が通れば、コ ンクリート建築は地面から上1m位は常に濡れていることになるのだが、学者の所見を示してやっても裁判官には分からない。元々の争点とは関係ないところで も、基準法の細かいところをつつけば厳密には何がしか合致しない所も出てくる部分もあろうが、それが「紛争専門屋」の狙いで本来の争点はどこかへ消えてし まう。どう見ても裁判官に社会的見識はなく、もちろん科学的見識はないから判決は出さず、何年も掛けた上で和解を薦める。弁護士も長引くと商売にならない と、両者で高額の和解金支払いを薦めてくるのでもう降参だ。聞くところでは、一度も判決文を書いたことのない裁判官は山ほどいるそうで、日本で流行の責任 回避である。これが憲法で保障された日本の裁判だ。これでもまだ建築屋さんをやる?
1月  それが震災復興なのか?
 た またま香港で見たヘラルドトリビューン紙 に日本の震災復興の話が出ていた。8年半前の奥尻津波が良い教訓になると言う記事だ。日本政府は海岸に延々と高さ10mの防波堤を築きあたかも城砦の様 で、何百億円の建設予算には更に高台に全戸新築、ステンドグラスをはめた11億円の記念館も含まれる。ところがこの巨額のばら撒きは、若者たちを高い給料 に慣れさせ厳しい漁村の生活を捨てさせることになり、ひどい過疎を起こしてしまったという。震災後行政関係者やメディアが奥尻に押しかけているようだが、 まったく教訓を学んでいないと報じている。日本の狂ったばらまき行政は世界にも名を轟かしているわけである。震災復興に名を借りた各省の分捕り合戦とばら 撒きはすでに始まっており、商戦も活発である。私達が関係する「住宅建築物省CO2先導事業」もその一つで、利用者のためという感じはしないが、貰える金 は何とか貰おうと営業利用しながら、これが被災地の為になるのかねーと首をかしげる。そんなばら播きをしながら増税?冗談にもならないよ。
1月  「内部被爆の真実」
 東大の児玉龍彦教授は国会に呼ばれて怒り まくったと言う人だそうだが、この人の「内部被爆の真実」と言う本にこんな段がある。チェルノブイリ事故は1986年に起きたが、その数年後から小児の喉 頭がんが増え始めた。しかし米国も日本もIAEAも原発が原因とする因果関係は認められないと結論付けた。小児の喉頭がんはその後も増え続け10年後頃に 発生のピークを迎え、その後は徐々に発生が減少した。それを見て、事故発生から20年経過してやっと、あれは原発事故のせいだった、と世界が認めたとい う。初期に喉頭がんになった子供たちは大人になって(あるいは大人になれなかったか)やっと因果関係を認められた。これが半減期8日のヨウ素のもたらした ものである。事故収束だそうだが、これから日本で起こるだろうこうした事態に日本はどう対峙するのだろう。66年前の広島・長崎でも未だに補償の対象にす るのしないのと裁判がつづくのだが。。
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